9 中村登監督の夏からの正確な普段着ー古都(1963年)

まえがき

中村登という映画監督がいました。大学卒業後の1936年に松竹に入社し、助監督として修業し1941年に順等に監督になります。端正な映画を確実に作る監督でした。基本を間違いなくおさえます。鑑賞者を「グイグイ」とか「ガンガン」引っ張っていくような作風ではなく、「ふうん」と油断していたところに「あっ」と思うことをします。地下水脈の流れの様に、なかなか表に事件が出てきません。ギリギリまで持たし、出てきてからも結局は「ご自分でお考えなさい」という作風です。全体的には淡々とした映像です。彼は東京帝国大学を卒業しています。あの大学は「好きでないこと」を長期間できる人でないと入学も卒業もできないです。


今回着物を紹介する映画『古都』は淡々と古都京都を表現しているので、後年市川崑監督が作った『古都』のしっとりとした大量の湿気を含んだ情景の方を好む人もいるかと思います。


しかしながら、今回の紹介する映画の着物の着付けは正確です。衿元の間違いがこちらはない。後発の方は、監督の芸術家としての創作が入っています(笑)。まずはこちらから古都で裕福に生活している人の普段着を学ぶといいと思います。私は風俗が正確でない映画は見る気が失せるタイプです。奇抜なことは、ストーリーでやれよ、演出でやれよ、構成でやれよ、新品の帯の真横にお茶を置くなよ、と思っている人間です。円谷英二のSF映画は大好きですが。まあでも千重子の冒頭の「あー」はしっかり男性監督ですね(笑)。湿気は適度にありますか。


純粋に映画鑑賞をなさりたい方は、特に今回は1に書いてあることは理解しておくといいですね。台詞が少なく、着物でその人の境遇、性格を表現しています。出会いのシーンなんかは台詞の説明はいっさいなしです。着物が理解できない人は「おいてけぼり」にされてしまいます。しかしここを念頭に入れておくと映画の理解がぐーと深まります。



1 着物のと帯の雑な分類

① 織りの着物 : 糸の段階で染められて、模様を織って生地にする。そのため染色に堅牢製があり、日常着に向く。普段着はこれ。映画の中では安価な着物と見なしていい。


② 染めの着物 : 白生地に筆や刷毛で模様を描いて染色したり、刺繍や絞り等の加工をする。ハレ着はこれ。映画の中では高価な物とみなしていい。


③ 織りの帯 :染めた糸を組み合わせて帯(4m〜5m)を織り上げる。糸は精練された生糸がハレ着等華やかな帯に使われる。これは映画では高価な物とみなしていい。

紬の帯は凸凹した節が多く日常着に使われる。こっちは安価な帯。

 

④ 染めの帯 : 友禅の技法を使って、織り上がった平織りの生地に色や刺繍を施す。格調のあるが柄ならば盛装でもあるが、普段着として使われることが多い。映画の中では安価な着物と見なしていい。



補足 : 現実には結城紬や宮古上布のように非常に高価な①もある。が、そのときはこれ見よがしに会話で説明があったり、クローズアップがあるので、特に知らなくて大丈夫。同様に③の紬の帯でも、存在意義が全く不明な、非常に手間隙かけた高価な物もある。が、高価な普段着を絞めている場合は、出演者がわざとらしく「まあ、すてきな帯ね」とか何とか言って、必ず言及するので、事前に鑑賞者が知らなくて大丈夫。





2 呉服の流通の雑な説明

機屋:実際に糸から帯を織るお店


問屋1:機屋の近くにある問屋。機屋から織り上がった帯を買い取って、全国の問屋へ売る。

問屋2:呉服店の近くにある問屋。問屋1から帯を買い取って呉服店へ帯を売る。

呉服店:問屋2から帯を買い取ってお客さんに売る。


今回の主人公千重子の家は問屋1だと考えられる。

問屋1は信頼関係のある機屋から、織り上がった品物を買い取ってくれたので、機屋は織ってさえいれば経営が困らなかった。また問屋1は千重子の父のようにデザイン等もするので制作者としての側面もあった。問屋1も信頼関係のある問屋2が買い取ってくれたので、確かな物を作成し仕入れをすれば困らなかった。問屋2は呉服店と信頼関係を築けばよかった。





3 古都(1963年、松竹)

日本映画の事件は大概は夏に起こる。幽霊も夏の夜に出る。夏の夜は魅惑の時だ。


京都祇園祭で四条通に近い呉服問屋の娘佐田千重子(岩下志麻)は、苗子(岩下志麻の1人二役)という女性に出会う。物語の事実上の展開はそこから。前振りが30分以上あるのでここは我慢のしどころだ。衝撃な出会いを演出するためにジワジワとやったみたいだ。巧くはないが真面目だ。




3−1 正絹の付け下げに紗の帯&綿麻の縮みの着物に紬の帯

NHKの京都ルポルタージュなみに、延々と京都町家、記念物、呉服問屋の商売がナレーション付きで紹介される。飽きたな、もうやめよう、と思ったらところで祇園祭になって最後まで見た。

 

千重子は、絹の亀甲の柄が縫い目で合っている夏お召のような「付け下げ」でこれは「染めの着物」。絽にしてはハリがる。付け下げは、柄が着物の縫い目でつながっている高価な着物。これに紺色の秋の七草の紗の帯を絞めて、祇園祭の中を歩いている。何か感じるものがあって足を止める。夏だが衿元はしっかり合わせる。

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苗子もはっとして通って来た道を振り返る。苗子の着物は、綿か麻の絣の縮みの「織りの着物」。赤い紬の帯を絞めている。きわめて質素な格好。

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ここ、このシーン。中村監督が「まちがいがない」のはこういうところ。

ここで着ている物だけで現在の境遇がわかってしまう。少なくとも昔の日本人ならば。これが浴衣だと差が出ないので境遇の違いが示せない。そこで浴衣ではなく着物で撮ったと考えられる。周囲の人はほとんど浴衣だ。苗子が先に状況を理解する。千重子は事情がわからないので硬直している。苗子はそこでへりくだった対応をする。この後苗子の話しを聞き、千重子は自分の出生の全容を理解する。だから日本映画は着物の理解は必須。しかし多くのことは知らなくて大丈夫。1に書いた分類だけで大丈夫。

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3−2 墨色模様の素描の寝間着に伊達締め

自分の出自を知り悩む寝間着姿の千重子。日本映画ではお約束のようなポーズ(笑)。でも衿は抜かないのはさすがは中村監督。着物の柄は、上の葉がその下にある葉よりも黒くなっている。白生地に墨の陰影だけで素描をした、大変に手の込んだ寝間着。正絹の精華縮緬か一越縮緬に見える。この映画では一番意匠を凝らした着物。それを寝間着でやってしまうのだから、中村監督は度胸とセンスと知識は相当なもの。そしてこのようにこっそり見せる。「わからない人はわからなくてもいいですよ。本筋には関係ないですから」というスタイル。これに赤と白の縞模様の伊達締めを絞めている。

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3−3 絽の小紋のお座敷着

外は蝉はミンミン鳴いている。そこに上七軒のお茶屋の女将の浪花千栄子。さすがにもう出て来ないだろうと思っていたら、やっぱり出ていた(笑)。同じ役、同じキャラクターであらゆる監督、会社の映画に出ている。しかもこの人は全然歳をとらない。日本映画で「京都の女将」はこの人にやらせりゃ大丈夫な感じだ。着物は紺地にドットの小紋。昼間は暑いので衿も衣紋も大きく開けていたが、夕方に着替えた時は衿を閉じた。今回は「おかみ」と言われているだけで名前すらない適当さだ。


左は芸妓さん。絽の菊柄の紅型調の小紋に銀地の帯をしている。衿は抜かない。これは珍しい。しっかり自分の好みは通す中村監督。


女将は、右側にいる千重子の父佐田太吉郎(宮口精二)を路上で見つけて、自分の店に呼んだ。太吉郎は外出には薄手の長衣と薄手の羽織を着ている。商売下手で芸術家肌と言われているが、遊びもしっかりやっていたりする。千重子の悩みは増える。

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3−4夏琉球絣に臙脂の紬帯

美しい千重子を慕う男性は多い。機屋の息子で才能ある職人大友秀男(長門裕之)は、佐田家の自宅兼店舗の応接間で、千重子に帯の図案を見せて評価してもらう。千重子は「季節を問わず絞められるので菊がいいのでは」と答える。千重子の着物は紺の琉球絣に臙脂の無地のような帯。帯締めは白。千重子は、とっかえひっかえ大量の着物を着ているように書かれた本があった。しかし、そんなことはない。基本的には店で売れ残った物を仕立てて着ている。千重子の普段着は紬。付け下げを2回だけ着る。秀男は近所なので紺地の紬の着流しに兵児帯を後ろで左寄りに結んでいる。

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そして「杉の模様の帯を作ってくれないか」と個人的に注文する。もちろん代金は払うということで。こんな顔の人から頼まれて断る男はもちろんいない。千重子は夏だが衿は抜かない。千重子は父親よりも余程みんなが幸せになれる道を考えている。人物を輝かすためにバックのぼてや反物はぼかしてある、中村監督の確かな映像。shot0039.png



3−5 藍染め絣の作業着&紬地に染め模様の小紋

季節は秋になったくらい。苗子の仕事場の北山の製材所を訪ねる千重子。千重子はクリーム色の糸で織り出した生地に、染め模様が入った小紋を着ている。帯は紺色の織帯。


苗子の案内でとりあえず杉山に入ってみる千重子。千重子は杉山に入るのは初めてで感動する。着物の袖なんかには自然なシワがあるが、衿元だけはしっかりしている中村監督。帯揚げも帯の中にいれてすっきりとまとめている。shot0043.png

千重子が訪ねてくれたのではしゃいでいる苗子はかわいいな(笑)。苗子は藍染めの絣の作業着に袖を赤い紐でたすき掛けをしている。さらにたすきと同色の簡易帯を絞めている。下は小豆色の縞のモンペかカルサンを履いている。たすきには白い模様が入ってる。こんなかわいい子が20年後には『極妻』になるとは誰が考えただろうか。shot0044.png


にわか雨になり、豪雨と雷で身を低くする千重子と苗子。山に慣れている苗子が庇うように体が重なる。しかし、志摩ちゃんの素顔はかわいいな。野村芳太郎の映画に出だした頃からなんかメークがキツくなった。shot0050.png


雨が降り止みホットする千重子と苗子。千重子は雨で着物はびしょ濡れ。衿もいつもより開き気味になる。このまま千重子は山を去る。shot0051.png




3−5 色大島に紬織の赤い帯

ここは「TATSUMURA SILK MANSION」というお店。龍村の帯やネクタイや小間物が買える。なぜか小型ラジオも売っている。海外から来た人は小型ラジオに興味があるからだそうだ。千重子は幾何学模様の色大島に赤い紬の帯。いつもながら地味な格好だ。友人の真砂子(環三千代)は紺地に京友禅のあざやかな小紋を着ている。帯は白地の名古屋帯をしている。shot0064.png



3−6 機屋の仕事

秀夫は、千重子が注文した「杉の帯」を夜を徹して織っている。帯は父の大友宗助(東野英治郎)に褒められる。しかし「佐田さんには昔からのご恩がある。身分が違うで」と諭される。秀夫は「そんなことですか」と言って作業を続ける。 糸を繰っている右下にいる女性は母親。地味なグレーの紬に汚れよけの手ぬぐいを衿にかけている。右に見えるパンチングされた薄茶色の紙は紋紙で、織物の設計図になる。紋紙があるので手織りだけでなく動力機械もあることが伺える。手織りと機械織り両方できる機屋なので、そこそこの機屋ではある。どうでもいい話しではあるが、日本映画では「じいさん」となると東野英治郎か加藤嘉になる。中村監督もその通りにキャスティングした(笑)。shot0070.png



3-7 杉の木の帯

秀夫は、千重子の依頼で北山の製材所の苗子に自作の帯を届ける。秀夫はお太鼓の位置や前柄の位置の説明をする。苗子は私には「私にもったいない帯です。着て行く場所もありません」と受け取りを固辞する。秀夫は「若造の作った帯です。遠慮することはありません。今度の時代祭に着て下さい。きっとですよ」と言う。秀夫と苗子は、この川原でちょっとしたアクシデントがあり秀夫は苗子に魅了される。詳しくは本編で見るといいですね。映画の見所です。苗子がヘアピンを口にくわえるところなんか秀逸。

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苗子は、「杉の帯」と千重子の佐田家から送られた着物と草履を履いて時代祭に参加する。妙齢の女性から「おじょうさん、ちょっと帯を見せて貰えまへんか。いやあ、いい帯でんな。お嬢さんによくお似合いで。おおきに。すんませんなあ」と言って去って行く。現代ではこの様な節度のある大人の女性はまずいない。若い女性が着物を着ていると、着姿を謗るか「着付けを直してあげる」と言っていきなり触って来る人がいる。そしてぐちゃぐちゃにする。特に集団でいる連中がいけない(笑)。あなたは大げさねえ、と思うかもしれないが、私は白い夏帯で1回後ろからいきなりやられました。事実です。ばかの最大の善行は何もしないこと。もし着物を着ている時、知らない女性が近づいてきたら目を合わせず、避けることを勧める。shot0085.png


苗子の着物は手描きでカトレアの友禅模様を描いた付け下げ。生地は大島かお召の生地に見える。どうも縮緬には見えない。秀男はここではジャケットを着る。ね、この場面も中村監督はドレスコードを揃える、間違えないの(笑)。二人は緊張のあまり目を合わせない。

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3−8 ベージュの付け下げに白地の袋帯

千重子は、大きな呉服問屋の息子で幼なじみの水木真一(早川保)から呼び出され、その兄水木惣平(吉田輝雄)の提案でスッポン鍋料理を食べる。着物は珍しくベージュ色の一越縮緬に金色の風車の模様のような付け下げ。しかしながら柄は少ない。帯は「松」「竹」「梅」「菊」「梅」を文様化した柄が規則正しく並んでいる袋帯をしている。帯締めは水色。衿は千重子にしては緩くしている。ここで兄はせつせつと語る。 なんだか自分の生きる道を見いだしたような千重子。

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3−9 お召のアンサンブル

水木家の要請で長男の惣平が佐田家で働くことになる。真ん中で黒地のお召のアンサンブルの着物を着ているのが惣平。テキパキと働く惣平の働きぶりを遠くから千重子は頼もしそうに眺めている。そして満足もする。千重子も夜には台帳をチェックしたりと家業を手伝う。山崎豊子先生の弁ではないけれど、商家にばかな息子は不要、美人の娘がいれば金星というところかな。このシーンは反物や仮絵羽の訪問着等がクローズアップで大量に出て来る。着物好きは必見の映像だ。1963年という日本が高度経済成長期に入った勢いのある時代の呉服は素晴らしい。全部手描き、手差し友禅。
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3−10 雪の夜の妖精

雪の夜更けに、苗子が佐田家を訪ねる。佐田の両親や千重子にやさしく迎えられる苗子。千重子は姉らしく「その人が好きなので結婚します」と断言する。そして全ての人が落ち着くようにする。実は父よりもしっかり者の千重子だった。その番は二人でしばらく一緒に寝る。 shot0183.png



日が出る前に苗子は佐田家を出る。千重子は質素な暈し模様の紬にウールのトッパー。苗子も暈し模様の紬に赤いコートに大判のストールをつけ、下駄を履いてる。若い娘だけあって足取りはとても早い。夜明けは近い。

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4 まとめ

いろんなショットがさりげなく取り入れられている映画です。小うるさい効果音なんか全然ない。演出と着物が的確なので台詞はごく少しの映画です。台詞の少ない映画はいいな。監督が鑑賞者を信頼しているように感じられる。佐田家を訪れた苗子が不安そうにしていると、千重子は、よう話しているから「苗子です」とだけ言えばばいい、と促す。笑顔で誰も余計なことはしゃべらない。


着物好きならば制作過程、流通過程が垣間見れるので垂涎です。しかし単に着物の色や柄や有名ブランドなど虚飾的な物にしか興味がない人は退屈かもしれないです。タツムラのアンテナショップでもそうですね。かしこまった着物は、付け下げが2枚出てくるだけです。苗子が走り去って行くシーンはきれいで、明るい未来を暗示している。



私は中村登の職人芸を尊敬しています。日常着の端正な着こなし方の勉強になる映画です。ぜひご覧になってはと思います。




画像引用:DVD発売、販売元松竹株式会社 映像商品部 ©1963松竹株式会社

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